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東京地方裁判所 昭和52年(特わ)351号 判決 1978年5月19日

主文

被告会社X商事株式会社を罰金六〇〇万円に、被告人Tを懲役六月にそれぞれ処する。

被告人Tに対し、この裁判確定の日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告会社X商事株式会社は、東京都葛飾区に本店を置き、不動産の売買等を目的とする資本金八〇〇万円の株式会社であり、被告人Tは、同会社の代表取締役として同会社の業務全般を統括していたものであるが、被告人Tは、被告会社の業務に関し法人税を免れようと企て、Yらと共同して行つた土地売却事業上の受取分配金の一部を除外する等の方法により所得を秘匿したうえ昭和四八年一月一日から同年一二月三一日までの事業年度における被告会社の実際所得金額が一億一五三五万四〇八五円あつたのにかかわらず、同四九年二月二八日、所轄葛飾税務署において、同税務署長に対し、その所得金額が四一九一万八三一七円でこれに対する法人税額が一四六三万四五〇〇円である旨の虚偽の法人税確定申告書を提出し、もつて不正の行為により同会社の右事業年度における正規の法人税額四一六二万二三〇〇円と右申告税額との差額二六九八万七八〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)<省略>

(本件は修正申告をした部分につき、ほ脱犯を構成しないか、または、ほ脱の犯意を欠くとの弁護人の主張に対する判断)

(一)  弁護人は、本件ほ脱所得金額とされた金一億一五三五万四一〇五円のうち、金二三五七万二四七一円については、被告会社は昭和五〇年五月七日所轄税務署に修正申告をなしたものであり、また、右につき昭和四九年夏頃、同署係官より修正申告をなすことを待つようにいわれていた事実があり、従つて、右金額に相応する部分については、ほ脱犯の構成要件に該当しないか、しからずとしても被告人には故意はないと主張するので、この点につき当裁判所の判断を示すこととする。

(二)  現行法人税法は、申告納税制度を採用しており、納税義務者において法人税ほ脱の目的で、所得を隠匿し、ことさらに虚偽過少の確定申告をなし、右申告後、正当な税額を納付せずに所定の法定納付期限を徒過すれば、ほ脱犯としては既遂となるのであつて、法人税法一五九条一項の「法人税の額につき法人税を免れ」とは、納税義務を消滅させるという意味ではなく、法人税法の要求するところは、その納期内に、正当な税額が納付されることにあるのであるから、その納期に正しい税額が納付されなかつたときは、法人税を免れた事実の発生があつたものと解するのが相当である。

従つて、本件において、法人税ほ脱の目的を以て虚偽過少の確定申告書を提出したまま、納期を経過した後においては、その後において、たとえ修正申告をしてほ脱税額を納付したとしても、なんら前記法人税を免れる罪の成立を妨げるものではない。

しかして、収税官吏の被告人に対する質問てん末書、被告人の検察官に対する供述調書によれば、被告人は、前記修正申告分をも含めたYらと共同で行なつた土地売却事業上の受取分配金の一部分を隠匿し、右金額を除外した虚偽過少の申告額であることを認識して確定申告をした事実が認められるので、被告人にほ脱の犯意がないとする弁護人の主張は理由がない。

(本件土地の譲渡は特約付売買であり、また、解除条件付売買として前払金を受領したに過ぎないので、当事業年度の所得とはなりえないとする弁護人の主張に対する判断)

(一)1  弁護人は、足立区中川一丁目の土地取引のうち、株式会社S本社(以下S社という)に売却した部分(以下本件土地という)については、その中央を通る公道(49.76坪)(以下公道部分という)を被告会社においてこれを取得してS社に譲渡することが両当事者間の昭和四八年五月七日付土地売買契約一六条で特約事項とされていたのであり、被告会社のS社に対する公道部分の譲渡は昭和四九年三月三一日付であつたから、特約付売買契約である以上は、公道部分を含む本件土地の譲渡については、被告会社において昭和四八年一二月期の事業年度の所得として申告すべき納税義務はないと主張し、

2  仮に右主張が認められないとしても、少なくとも、右公道部分の譲渡に限つては、昭和四九年三月三一日に譲渡したのであるから、公道部分に関する所得にかかる納税義務は昭和四九年一二月期の事業年度であるので、右公道部分のみについてはほ脱犯を構成しないと主張し、

3  被告会社は、S社との本件土地の売買契約に際しては、本件土地に隣接する中川一丁目の土地の一部(以下赤ワク部分という)を、S社に提供することが条件となつていたものであり、S社がマンション建設のための本件土地(以下本体部分という)の取得にあたつては、建築基準法上、六メートルの道路部分が必要とされ、ただ、S社との間で六メートル道路に拡幅するに要する赤ワク部分のうちの一五坪のみの譲渡か、或いは赤ワク部分全体一一五坪の譲渡かが争われ、結局、話し合いがついてS社において一一五坪全体を買取ることに定つたのが、翌事業年度の昭和四九年三月三一日であつたから、それ迄は本件土地の売買は完了していなかつたものである。

ところで、S社は、昭和四八年七月三一日、本件土地の売買代金の全額を支払つているが、それは前払いであつて、将来、前記道路拡幅部分を取得できなかつたときは、本件土地の売買契約は解除され、被告会社において受領した金四億七五七九万八四〇〇円は、すべて返還させることになつていたので、本件売買契約は解除条件付売買というべきであり、右条件が不成就に確定した(S社が一一五坪の全体を買取ることになつた)のは、翌事業年度の昭和四九年三月三一日であるから、その段階迄は本件売買は完了していなかつたので、従つて、当事業年度の所得とはならず、ほ脱犯を構成しないと主張する。

(二)  前記(一)の1および2についての当裁判所の判断

共同事業として本件土地をS社に売却した経緯については、被告人の当公判廷における供述、被告人の検察官に対する供述調書、収税官吏の被告人に対する各質問てん末書、Yの検察官に対する供述調書、収税官吏作成の昭和五二年九月二〇日付回答書、登記官作成の登記簿謄本、マンションN案内図、敷地図、敷地面積と題する図面、中川一丁目実測図等、総勘定元帳二綴、元帳等一袋、土地売買契約書一綴および証人Tの証言、証人Uの証言(ただし後記認定に反する部分を除く)を総合すれば、次の事実を認めることができる。

被告会社は、Yとの間、および株式会社Hとの間でそれぞれ共同で中川一丁目所在の土地販売の共同の事業を行なつていたが、被告会社は昭和四八年五月七日、S社に対し本件土地である足立区中川一丁目所在の宅地および公道実測地積合計五、617.44平方メートルを総額四億七五七九万八四〇〇円で売渡したこと、本件土地の一部に公道部分が存在していたため、右公道部分については、被告会社の責任において、払下げおよび交換申請の手続を行ない認可と同時にS社に所有権移転手続を完了するものとすることが昭和四八年五月七日付土地売買契約第一六条三項で特約事項とされていたこと、同日付で内金として金二億円を、同年七月三一日、残金として二億七五七九万八四〇〇円を受領すると同時に、公道部分を含む本件土地をS社に事実上引渡したこと、右契約当時、右公道部分を取得するために、被告会社の所有する土地を提供することで公道部分にあたる敷地の交換を確実に認可する旨の了解が事前に関係官庁との間でなされていたこと、被告会社の右払下(交換)の申請を受けて、昭和四八年七月二日付で足立区長より建設省所管国有財産部局長東京都知事(以下建設省という)に対し、道路法九二条四項の規定に基づく敷地の交換につき同意申請がなされ、昭和四八年八月二目付で同意認可されたこと、被告会社は昭和四八年八月一五日付で、建設省との間で、自己の所有する足立区中川一丁目の土地について交換による所有権移転登記承諾書を提出し交換契約が成立したこと、右提供土地につき、昭和四八年一二月一二日付で公衆用道路として建設省名義に所有権移転登記された後、被告会社に対し、交換渡地(公道部分)についての譲渡証書が交付され、昭和四八年一二月二四日付で被告会社は譲渡証書受領書を提出したこと、公道部分は昭和四九年一月二三日被告会社名に所有権保存登記がなされ、同年五月九日S社名義に所有権移転登記がなされたこと、なお、被告会社は、前述のとおり、S社から売買代金全額を受領したので、共同の事業は、事業の完了によつて直ちに債権債務を精算することとなつていたところから、右共同の事業者であるYおよび株式会社Hとの間で、共同の事業から受取る利益分配金の計算をなし、Yに対する分配金七五三九万四三六四円、株式会社Hに対する分配金一二九〇万七九一一円、残りを被告会社が取得するものとして、同年七月三一日株式会社Hに、同年八月六日Yにそれぞれ分配金を支払い残額を自己の分配金として取得した事実を認めることができる。

右認定に反する被告人の当公判廷における供述は信用できない。本件土地は叙上認定の事実によれば、売買契約が成立した後の七月三一日に買主であるS社に引渡しがなされたと認められるので、右契約の目的物の引渡しにより売主は自己の給付義務を履行したことになり、その引渡しによつて売主の代金債権という権利は確実なものとなるところから、仮にその段階において未だ現金の授受がないとしても収益として認識しうることになる。従つて引渡しの時に税法上収益が実現したと解することができる。まして本件は、右引渡し時までには代金全額の支払いがなされているのであるから、収益が実現していることは明らかである。

ただ本件は、売買契約の目的物たる本件土地のうち、公道部分が含まれていて、右契約成立時には、売主において未だ公道部分の取得がなされていないために、売主において公道部分の所有権を取得して買主にこれを引渡すということが特約条項とされていたというのであるから、右七月三一日には未だ公道部分の所有権の払下(交換)による取得がなされていなかつた状態であつたところから、右特約付売買契約の効力、および他人の物の売買がなされたことにつき税法上これをどのように評価すべきかが問題となるとおもわれる。

ところで本件は、叙上認定の事実によれば、国(建設省)の所有する公道部分を売主が取得して、これを含めた本件土地を買主に引渡す特約付売買契約であることは認められるが、私法上は、他人の所有物の売買においては、売主が目的物の処分権(所有権その他)を取得すれば、所有権等は買主に当然に移転するものと解されるところ、叙上認定の事実によれば、昭和四八年八月一五日、建設省との間で交換契約が成立したことが認められるのであるから、その時点で私法上は有効に前記特約は効力を生じたものと解されるし、また、税法上の見地からみても、被告会社において、公道部分を含む本件土地をS社に引渡し売買代金全額の支払を受けた昭和四八年七月三一日を以て、収益計上の時期と解すべきを相当とする。

けだし、法人税法二二条二項は、当該事業年度の益金の額に算入すべき金額として「資産の販売、有償による資産の譲渡」等に係る収益の額と規定し、それは、収益が実現したものをもつて所得の計算に取り入れるという意味をもつとともに、その実現がいつ行なわれたかを示す認識基準としての原則である権利確定主義を採用しているものと解されるが、右権利確定主義は、課税にあたり常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものであることにかんがみれば、たとえ他人の所有物の売買につき、未だ売主において目的物の処分権を取得していないとしても、これに関し、税法上の資産の販売、譲渡に係る収益の実現があつたとみることができる状態が生じた時には、課税適状として、その時の属する事業年度の収益として所得を計算すべきものであるからである。

これを本件についてみるに、叙上認定の事実によれば、被告会社は、Y、および株式会社Hとともに共同の事業として、公道部分を含む本件土地をS社に金四億七五七九万八四〇〇円で売渡し、昭和四八年五月七日に二億円を、同七月三一日に残金二億七五七九万八四〇〇円の支払いを受け、同三一日本件土地をS社に引渡したものであり、公道部分については、当時既に被告会杜において自己の所有土地を提供して交換(払下)申請手続をなしており、その認可を受けることが所有者国との間で了解され、公道部分を取得し得ることが確実な地位にあつたものであるから、従つて、右公道部分につき交換(払下)を受け得る権利は取引の対象たり得る財産的価値を有する資産と認められる。しかして共同の事業については、事業の完了によつて直ちに債権債務は精算することとなつていたところから、右七月三一日の時点において、右公道部分の交換(払下)を受け得る権利の移転をも含めた本件土地の引渡しにより、本件土地の販売を目的とする共同の事業からの収入すべき権利は確定したといい得るのみならず、同日までに被告会社はS社から本件土地の売買代金の全額を受領しており、しかして共同の事業による利益分配金につき、同日、株式会社Hに、同年八月六日、Yに各分配し、残金を被告会社が取得していることからみても、共同の事業は右七月三一日において終了し、被告会社は自己の取得すべき共同の事業からの利益分配金につき、これを自己の所有として自由にこれを処分することができるのであるから、従つて、少なくともS社に付し本件土地を引渡し、売買代金を取得した七月三一日の日に収益の実現があつたものとみるのが相当である。

そこで、右収益の実現のあつた日を含む昭和四八年一二月期の事業年度の益金と解するを相当とする。

しかして、被告人において、本件土地をS社に売却した共同の事業からの受取分配金が、被告会社の昭和四八年一二月期の所得であることを認識していたことは、被告人が収税官吏に対し、「共同事業が終了し利益の分配金をもらつたときに収入があつたということで申告して来た」と供述していること、「昭和四八年七月三一日をもつてX社としてはS社に対し全物件を実際に引渡し代金も全額受領しましたので、S社との売買契約の終了は昭和四八年七月三一日と理解しております」との供述や、被告会社がS社に売却した分を含め、Yらとの中川一丁目の共同の事業からの分配金の一部を昭和四八年一二月期の所得として申告している事実等からこれを認めることができる。

なお、弁護人は、予備的に、公道部分のみについては昭和四九年三月三一日に譲渡されたのであるから、少なくとも、公道部分に限つては昭和四九年一二月期の事業年度の益金であると主張するが、叙上説示したように、本件が他人の物の売買であつても、昭和四八年一二月期の事業年度の益金の額に算入すべきものと解すべきことは既に述べたとおりであり、しかして、収益として認識できる以上は、その後において所有権移転登記が何時なされたかとか、何時登記手続が可能となつたかというようなことは、本件法人税法上の所得の算出については何等の影響はないといわねばならない。

以上のとおりであるから、本件は、いずれの時点においても、被告会社の昭和四八年一二月期の事業年度に属することは明らかであるので弁護人の主張は失当である。

(三)  前記(一)の3についての当裁判所の判断

弁護人は、本件土地の売買には赤ワク部分の提供が条件となつていたものであり、右赤ワク部分一一五坪全部の買取がきまつたのは昭和四九年三月三一日であるから、それ迄は本件土地の売買は完了せず、既になされた代金の支払は前払金であつて本件は解除条件付売買であると主張する。

証人Uの供述、被告人の当公判廷における供述によれば、赤ワク部分の土地の取得が本件の売買につき何らかの前提をなしていたのではないかとも一応うかがわれる供述はあるが、しかしながら、昭和四八年五月七日付土地売買契約書中には、肝心の赤ワク部分の土地につき何らの記載もないこと、証人Uの当公判廷における供述によれば、右契約書作成の時には、赤ワク部分の土地は、既にX商事の手中にあつたので、これが他人のものであれば、私は条件に入れろと申し上げたかもしれないが、従つて、その当時はもう条件にするという問題点はなかつたわけである、赤線部分(赤ワク部分、以下同じ)を全部買うか、一五坪だけにするかという問題は今後の話合いにしようということであつた旨証言していること、S社建設部営業課長の当公判廷における供述によれば、赤ワクの部分一五坪を買取りたいと申込んだのは本体部分の後であること、その後、結果的に全部一一五坪を買取ることになつたこと、本体部分と赤線部分とは契約そのものが別であること、赤線部分の購入の交渉は本体部分の売買代金の完了の四八年七月末の後であることを各証言していること、S社から、Uの経営する(株)Lに宛てた物件依頼書によれば、赤ワク部分につき昭和四九年一月一一日付で買付の依頼がなされていること、赤ワク部分の土地売買契約書は、本件土地の売買契約書とは別の書面で契約され、日時も異にし昭和四九年三月三一日付であること、被告人の当公判廷における供述によれば、被告会社は本体部分の契約時には既に赤ワク部分の土地を買戻して取得していたことの各事実を認めることができる。

右認定に反する部分の証人Uの供述、被告人の当公判廷における供述は信用できない。

右各事実を総合すれば、赤ワク部分の土地売買契約と、本件土地の売買契約とは別個のものであつで、赤ワク部分の土地の取得が本件土地にかかる売買契約につき何らの条件をなしていなかつたものと認めるのが相当である。

また、仮に、弁護人の主張するように、本件土地の売買が解除条件付であるとすれば、たしかに私法上は、被告会社において、当該条件が不成就に確定するまでは、確定的に金員を取得するものとはいえないが、しかし、これを税法上の見地からみれば、本件土地の引渡しがなされ、公道部分についても取引の対象たりうる資産と認められるし、そのうえ代金の全額に相当する金員を取得しており、従つて、自己の所有として自由に処分することができるのであるから、本件土地の引渡しにより、既に収益が実現されたものとみるのが相当であることは叙上説示したとおりであるので、右七月三一日の時点の属する事業年度の益金として所得を計算すべきである。

また、右のように解しても、仮に、将来において条件が成就すれば、契約の効力は消滅し、既に受領した金員は返還することになるが、しかし、右返還すべきこととなる部分に対応する所得の金額は、当該所得を生じた事業年度の所得の計算上なかつたものとみなされ、更正の請求(国税通則法二三条)により救済を受けることができるのであるから、なんら不都合は生じないのである。

従つて、この点に関する弁護人の主張も失当である。

(法令の適用)

被告会社につき

法人税法一五九条、一六四条一項。

被告人につき

法人税法一五九条(懲役刑選択)、刑法二五条一項。

よつて主文のとおり判決する。

(松澤智)

別紙<省略>

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